いわてプライド

岩手で活躍するさまざまな“人”に焦点を当て、紹介する「いわてプライド」。 この土地に誇りを持って生きる人たちの、熱い想いを伝えます。

“モノ”と“想い”に出会う場所

第30回 pen.代表 菊池保宏さん

“モノ”と“想い”に出会う場所

機能美を感じる筆記具の店

盛岡の菜園に、上質な筆記具や雑貨を扱う店がある。店主の菊池保宏さんは、店を開く以前に老舗の時計店で10年ほど働いていた。その時計店に訪れるのは、大切な思いやストーリーを持って商品を買い求める人たちばかりで、モノを通して思いを共有することに魅せられていったという。働くうちに「自分もゼロから店を始めてみたい」という思いを抱き、2014年に満を持して「pen.」をオープンした。


菜園通りから1本入った場所にあるpen.

菜園通りから1本入った場所にあるpen.

「当店は万年筆の専門店ではなく、筆記具全般とそれに準ずる雑貨を揃えています。それぞれのアイテムには作り手であるメーカーの思いが込められていて、そこにお客様や、セレクトした私の思いが共鳴していく。そんなライブ感を楽しんでいただきたくて、店頭での販売のみを行っています」

そう語る菊池さんは常に楽しげで、話を聞けば聞くほど店内に並べられたアイテムが輝いて見えてくる。そんな気配に引き寄せられるのか、店には学生から年配の方までさまざまな人が足を運ぶ。


漆の現状を知り抱いた使命感

そんなpen.は筆記具との出会いを楽しむ場であると同時に、菊池さん自身もさまざまな出会いを経験している。その中の一つに、岩手の特産品の漆がある。店を訪れた客から、国内で使用されている漆の9割以上が輸入に頼っていること、そして貴重な国産漆の約7割が二戸市浄法寺町を中心に生産されていることを教えてもらった。

「それまで漆は日本の文化だと思っていたので、輸入品頼みの現状にとてもショックを受けました。そして、このことをもっと広めなければいけないという根拠のない使命感が湧いたんです」

浄法寺漆を使用したボールペン「japen」

どうしたら漆の現状や魅力を知ってもらえるだろう。

菊池さんは考えを巡らせた末に、「漆は使い続けることで輝きを増す。それなら毎日使える筆記具がいい」と思い、100%浄法寺漆を使用したボールペン「japen」を考案した。完成したペンは重厚感があり、その姿は万年筆を思わせる。あえてボールペンを選択したのは、漆を伝えるためのアイテムとして、より多くの人が使いやすいものを目指したためだ。

「ベースになっているペンは、トンボ鉛筆さんが1986年から販売している超ロングセラーのものです。これは書き心地やペンの重さのバランスが素晴らしく、ヨーロッパなどで広く愛用されています。そのため海外の方が『japen』を購入しても帰国後に替え芯を入手しやすく、使い続けることができます」


漆を塗るのもペンを組み立てるのも、全て手作業で行うjapen

漆を塗るのもペンを組み立てるのも、全て手作業で行うjapen

触れるだけで伝わる漆とペンの魅力

実はトンボ鉛筆は、これまで外部からの協力依頼を受けたことがなかった。菊池さんは難攻不落の同社に再三アタックして、最後には既製品に漆を塗った試作品を作りプレゼンに臨んだ。その頃すでに、岩手県工業技術センターによる漆と金属の定着率を上げる試験が進んでいたそうで、「ここで決めなければという、まさに背水の陣でした」と菊池さんは語る。

結果としてその試作品が決め手となり、製品化が決定。これまで600本ほどを販売した。現在は部品の供給が難しく製造を中止しているが、再開される日を待ち望むファンは多い。


japenは磨かず、ただ使い続けるだけで輝きが増していく(左が新品、右が6年ほど使い続けたもの)

japenは磨かず、ただ使い続けるだけで輝きが増していく(左が新品、右が6年ほど使い続けたもの)

色で伝える地域のストーリー

もう一つの大きな出会いは、「いわてのいいイロ発信プロジェクト」だ。これは2014年に復興庁の「新しい東北」先導モデル事業として立ち上がったもので、県内各地の特徴を色で表現し、物語と併せて発信するという取り組みだ。興味を持った菊池さんは、やがて同プロジェクトを活用したご当地インク「いわてのいいイロ COLOR INK」を完成させた。


現在は全12色を販売している

現在は全12色を販売している

2019年に「岩手県旗グリニッシュグレイ」をはじめとする3色を発売し、それ以降も新しい色を順次販売。しかし、どうしてもインクでは表現できない色が2つあった。それは青、赤、白の3色からなる「さんてつトリコロール」と、白色の中に柔らかさと温もりが感じられる「一関もちいろ」だ。もちいろは現在検討中だが、「さんてつトリコロール」は美しいガラスペンで表現。製作を依頼したのは、北上市在住のガラス作家だ。

「その作家さんは卓越した技術と抜群のセンスの持ち主で、国内外から注目されています。このガラスペンも本当に素晴らしいクオリティで、持った瞬間にしっくりと手に馴染むのが特徴です」


潮風に吹かれながら颯爽と走る三陸鉄道と、寄せては返す波をイメージしたガラスペン

潮風に吹かれながら颯爽と走る三陸鉄道と、寄せては返す波をイメージしたガラスペン

驚くほど滑らかに書けるガラスペン

ガラスペンはペン先に細い溝があり、毛細管現象によって吸い上げたインクで文字を書くという筆記具。一般的にハガキ一枚分ならインクを付け足さなくても書けるとされているが、このガラスペンは、なんとA4用紙一枚分を書くことができるという。

「ガラスペンは壊れやすい印象があるかもしれませんが、落としたりしない限り、そう簡単に割れることはありません」

このガラスペンもまた、発売後すぐに完売。オールハンドメイドのため次回の販売は未定だが、店頭で実物に触れることはできる。一度触れてしまったら最後、その魅力の虜になる人は多いだろう。


「岩手県旗グリニッシュグレイ」を試し書き

「岩手県旗グリニッシュグレイ」を試し書き

偶然の出会いを楽しむ場所

今は自宅にいながらにして、世界中のものが手に入る時代になった。一方で、お気に入りの店へ足を運び、そこでしか得られない時間を味わうのが、とても貴重なことのように思える。時には自分自身のこだわりや、大切な誰かへの贈り物を求めて街を歩いてみるのもいいだろう。そして気になったら迷わず、この店の扉を開いてほしい。もしかしたらそこに、出会うべくして出会う“なにか”が待っているかもしれない。



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この記事を書いたひと

フリーライター 山口由(ゆう)

2011年、東日本大震災をきっかけに横浜から盛岡へUターン。現在はフリーライターとして、お店や人材の紹介、学校案内、会社案内、町の広報誌など幅広く活動中。取材を通して出会うさまざまな人の思いや歴史を知り、「岩手ってすごいなぁ」と実感する日々を送っている。趣味は散歩と読書、長距離ドライブなど。ホームページはコチラ。

https://tokkari-shouten.themedia.jp/

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