いわてプライド

岩手で活躍するさまざまな“人”に焦点を当て、紹介する「いわてプライド」。 この土地に誇りを持って生きる人たちの、熱い想いを伝えます。

短角牛とともに生きるということ

第27回 柿木畜産 代表 柿木敏由貴さん

短角牛とともに生きるということ

伝統の「夏山冬里方式」

広大な牧草地の中を、牛が草を食みながら悠々と通り過ぎていく。こちらを気にしている雰囲気もあるが、牛たちにとっては目の前の牧草の方が重要だ。

「春先に放牧地へ連れて来ると、スキップする勢いで駆けていく牛もいますよ」
そう教えてくれたのは、柿木畜産の柿木敏由貴さんだ。柿木さんは短角牛のみを専門に育てていて、毎年春になると標高700~800mの高原に母牛と子牛を連れて行く。黒毛和牛などは人工授精が基本だが、短角牛の特徴は自然交配で、40~50頭いる母牛の中に1頭だけ種牛となる雄を放し、牛のペースに任せて妊娠させる。

秋まで放牧地で過ごした牛たちは、冬を迎える前に里へ降りる。これは「夏山冬里方式」と呼ばれるもので、この地域では昔から行われてきた飼い方だ。夏は冷たく湿った風「やませ」が吹くが、それも牛にとって快適な環境の一つ。潮風が運ぶミネラルは牧草にたっぷりと栄養を与え、牛たちだけの楽園を作り上げていた。



牛と人との暮らし方

「放牧している間、人は田んぼや林業をして働くことができますし、牛は子育てをしながら自由に生活することができます。そして冬になれば、母牛の出産の準備をしながら一緒に春を待つ。この地域では昔から、牛と人がちょうどいい距離感で暮らしてきたんです」

牛を宝物のように語る柿木さんは、「生産する」とは言わずに「育てる」と言う。

「短角牛はすでに十分な能力がある牛なので、人が余計なことをせず、その能力を発揮できるように育てること。牛が持つ本来のサイクルを尊重して、なるべく『何をしないであげたらいいのか』を考えて接しています」


今年3月に生まれた子牛。母乳と牧草で元気いっぱいに育つ


仲間とともにたどり着いた味

柿木畜産では、国産原料100%のエサにもこだわっている。短角牛は赤身肉で、豊かな風味としっかりとしたコクが特徴。ヘルシーだが脂のおいしさも際立っていて、国産のエサを与えることで赤身の味を邪魔しないサラリとした脂に仕上げることができるという。

「今の味にたどり着くまで、かなり試行錯誤しました」と言う柿木さん。この地域では昔から、同じ短角牛を育てている農家同士で試食会を行ったり、情報共有をしたりして肉の質を高めてきた。味には見た目でわかる明確な基準がないため、仲間同士が知恵を出し合い工夫しているのだ。

着実に広がる短角牛の魅力

短角牛は黒毛和牛と比べて、うま味成分を含むアミノ酸や、ヘルシーオイルとして知られるオメガ3系脂肪酸、α-リノレン酸などが多く含まれている。以前から食に厳しいシェフたちは高く評価していて、近年では健康思考の高まりとともに消費者からも注目を集めている。

また柿木畜産では、生産者をコミュニティで支える「CSA」という活動も行っている。これはCommunity Supported Agricultureの略で、地域支援型農業と呼ばれるもの。生産物への先払いや災害リスクを共有し継続的な生産を支援する仕組みで、現在は70名ほどの会員がいる。

柿木さんは「会員の方々は住んでいる場所も職業も年齢もバラバラですが、短角牛が好きという大きな共通点があります。こうした方々の存在はすごく心強いですし、これから先もしっかり届けていきたいです」と語る。



東北唯一の闘牛大会

また平庭高原では年に4回、平庭闘牛大会を開催している。そこには30頭ほどの短角牛が出場し、角を組み合って迫力満点の闘牛を披露する。同大会では勝敗がつくまで戦わせず、引き分けで終わらせるルールがある。その理由は、牛の将来を考えて怪我や負け癖をつけないためだ。牛には必ず手綱をつけ、それを勢子(せこ)と呼ばれる闘牛士が操って誘導していく。柿木さんも勢子として20年以上のキャリアを持つベテランだ。

「岩手では江戸時代の頃、沿岸で採れた塩を年貢として、牛の背に乗せて内陸まで運んでいました。これが今も残る『塩の道』です。牛は自分よりも強い牛に従う習性があるため、旅立ちの前に突合せをして先頭の牛を決めていました。この旅は県内にとどまらず、新潟県の燕三条まで行って特産品の鉄も売り歩いたそうです」


角を組み合う音が響く迫力の取組(ライター撮影)


牛の気持ちを理解し、ともに戦う

平庭闘牛大会が観光行事となってから、今年で40年になる。8月に行われた「しらかば場所」では、柿木さんが育てた3頭の牛も華々しく活躍。特に千秋楽を飾った「柿木チョッパー」は体重が1トンあり、その勇猛たる迫力に客席からはどよめきにも似た歓声が上がっていた。

そんな荒々しい闘牛たちも、牛舎では温和そのもの。柿木さんがなでてやると、嬉しそうに顔を寄せて甘える素振りを見せる。

「牛は戦っていて不利だと感じると、目で逃げ場所を探し始めるんです。大抵はそうなる前に『もうイヤだよ、戦いたくないよ』っていう顔をするので、相手の勢子と息を合わせて手綱を引いて、引き分けにします」

このタイミングの見極め方も重要で、片方だけが戦うのをやめてしまうと相手の牛が突進してきて怪我をする恐れがある。勢子としての経験はもちろん、何よりも牛の気持ちを理解することが大切なのだ。


取組を終えた柿木チョッパーを労う柿木さん(ライター撮影)


この牛と生きていくという決意

柿木さんは家業に入る前、研修先で「短角牛でやっていくのは難しい」と言われたことがある。それは「牛肉といえば霜降り肉」というイメージが固定化し、市場では圧倒的に黒毛和牛が求められるためだ。現在も日本短各種の全国的な肉用牛頭数のシェアは、わずか0.5%に満たない。そのうち4割は岩手県で飼養されており、柿木畜産は短角牛専門として日本一の規模を誇っている。

柿木さんに、短角牛を専門に育てると決めた理由を尋ねると「多分、好きだったからだと思います」と言う。その「好き」には、子どもの頃から接してきた牛への愛情だけでなく、人生の相棒としての尊敬や信頼など、さまざまな思いがあふれているように感じられた。

愛情たっぷりに育てられた牛たちは、今日も広大な牧草地のどこかで、のんびり、かつ夢中で草を食んでいる。



平庭闘牛大会
http://www.hiraniwatogyu.com


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この記事を書いたひと

フリーライター 山口由(ゆう)

2011年、東日本大震災をきっかけに横浜から盛岡へUターン。現在はフリーライターとして、お店や人材の紹介、学校案内、会社案内、町の広報誌など幅広く活動中。取材を通して出会うさまざまな人の思いや歴史を知り、「岩手ってすごいなぁ」と実感する日々を送っている。趣味は散歩と読書、長距離ドライブなど。ホームページはコチラ。

https://tokkari-shouten.themedia.jp/

写真撮影

カメラマン 佐藤到(さとういたる)

カメラマン 佐藤 到

1969年宮城県白石市生まれ。進学で来県すると、岩手の環境や住みやすさが気に入って定住。 写真店勤務を経て、フリーカメラマンとして独立。 フィルム時代から経験を積み現在は人物・風景・スポーツ・スクールスナップ・ウェディング・料理・商品などなど何でも撮影します。
佐藤到 インスタグラム
https://www.instagram.com/forzaitaruy_ly25/

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