いわてプライド

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与えられた場所で今できることを

第25回 岩手県保健福祉部医療政策室 感染症(コロナ対策)担当 佐々木琢磨さん

与えられた場所で今できることを

感染症対策と、思い浮かぶ事業者の顔

佐々木さんが岩手県保健福祉部に配属されたのは、2021年4月のこと。それまでは産業経済交流課に在籍し、県産品をPRするべく県内外を駆け回っていた。異動したのは、新型コロナウイルスのデルタ株が国内で初検出され、急速に感染が拡大した時期。佐々木さんは「最初の3ヶ月くらいは右も左もわからず、怒涛のように過ぎていきました」と振り返る。

取材した2022年6月の時点で県内の感染状況は一定の落ち着きを見せており、首都圏の感染者数も減少傾向にある。「何とかこのまま落ち着いてくれれば」とつぶやく佐々木さんの脳裏には、さまざまな県内事業者の顔が浮かんでいた。

「産業経済交流課にいた頃は、どうやって県産品を売っていこうかと積極的に動く方向で考えていました。今は感染対策に全力を尽くす一方、事業者を思い葛藤を感じることも少なくありません」


産業経済交流課に所属していた頃、海外で岩手の地酒や漆器をPRするために作ったノベルティの缶バッチ

産業経済交流課に所属していた頃、海外で岩手の地酒や漆器をPRするために作ったノベルティの缶バッチ

限られた時間を最大限に生かす

通常、県職員は3~4年ほどで異動して、それまでと全く違う業務に携わっていく。そのため佐々木さんは「限られた時間の中でどこまでの知識を得て、後任の職員に引き継げるか」を重視する。

「仕事をする上で心がけているのは、与えられた業務をこなすことはもちろん、担当部所に関係する組織や事業者に対して、何ができるのかを常に考えることです。現状を把握した上で関係する人たちの話を聞き、経験と発想力を持って解決策や改善策を導き出していく。コロナ禍で直接会うことができない場合でも、Zoomや電話などでなるべく話をするようにしています」


お気に入りの県産品は、丸三漆器(一関市大東町)のブランド「FUDAN」の盃。拭き漆を重ねることで、美しい木目が艷やかに浮かび上がる

お気に入りの県産品は、丸三漆器(一関市大東町)のブランド「FUDAN」の盃。拭き漆を重ねることで、美しい木目が艷やかに浮かび上がる

県の職員として働き始めて、今年で31年。新米の頃は、久慈市で農村整備に関する用地交渉を担当したこともある。1990年代に行われた多国間通商交渉「ウルグアイ・ラウンド(UR)」を受けて、日本の農業農村整備が急ピッチで進められた時代だ。

「当時は用地交渉に必要な契約書などの書類をワープロで出力していましたが、URの影響で業務量が一気に増えました。そのためパソコンの表計算ソフトを使って、入力すれば全ての書類にデータが反映されるシステムを構築したこともあります」


機械いじりが好きで、エンジニアに憧れたこともあるという佐々木さん

機械いじりが好きで、エンジニアに憧れたこともあるという佐々木さん

忘れることのできない震災時の経験

そんな佐々木さんがこれまで担当した業務の中で、忘れられない出来事がある。それは2011年に発生した東日本大震災津波だ。

「当時、私は市町村課に所属していて、市町村に関するサポート業務を行っていました。震災直後、庁舎が被災した大槌町の住民データはどこにあるんだという話になり、『どうやら流されず、町役場に残っているらしい』という噂が聞こえてきたんです」


震災時の大槌町役場(佐々木琢磨さん撮影)

震災時の大槌町役場(佐々木琢磨さん撮影)

現地の職員にサーバーを探す余裕はなく、街の状況を考えると流された可能性の方が高い。しかし住民データが失われると、被災者の安否確認や住民への支援もままならず、街全体の復興にも大きな支障が出てしまう。佐々木さんは「自分が行って探してきます」と手を挙げ、発災から2週間後の3月25日に大槌町へ向かった。

現地で活動する自衛隊に瓦礫を寄せてもらい、ようやくたどり着いた大槌町役場。信じられない光景が広がる中、目指すデータサーバーは、ボルトで固定されたサーバーラックに守られるようにして残っていた。


壊れた壁の向こうに見えるデータサーバー(佐々木琢磨さん撮影)

壊れた壁の向こうに見えるデータサーバー(佐々木琢磨さん撮影)

波をかぶり中身が破損していることも考えられたが、奇跡的に大半のデータを復旧させることができた。発災時は津波が来るよりも前に停電し、ショートしなかったことが幸いしたという。その後、復旧したデータは大槌町に届けられ、罹災証明書の発行などに役立てられた。


発見時のデータサーバー。周囲には瓦礫や泥、流されたサンマがあった(佐々木琢磨さん撮影)

発見時のデータサーバー。周囲には瓦礫や泥、流されたサンマがあった(佐々木琢磨さん撮影)

臨機応変に対応する柔軟性

佐々木さんは当時を振り返り「災害やパンデミックなどの非常事態では、できる人ができることをやるというのが鉄則ですし、守るべきものを見失わないことが大切です」と語る。

従来のルールに従えば、さまざまな手続きを行う上で身分証が必要になる。しかし着の身着のまま避難した人の多くは当然、身分証も何も持っていない。それでもさまざまな手続きが行えるよう、特例での対応が求められた。

「あくまでもルールは、平常時にあってこそ機能するべきもの。日頃はルールを厳守して業務を行い、非常時には臨機応変に対応する。私たちの仕事には、そういった考え方や柔軟性が必要なのだと思います」

人と関わり、つながり続ける

県内の事業者に取材をしていると、時折、佐々木さんの話題が出ることがある。それだけ多くの人と関わり、つながりを持って業務にあたってきたのだろう。しかし当の本人は「本当は人見知りで、一人で黙々と仕事をするのも好きなんです」と照れくさそうに笑う。

佐々木さんは、さまざまな仕事を通して培った経験が自信につながっていくと語る。

「若い職員には、目の前にある仕事のプロになってほしいと思う反面、広い視野を持つことで大切な出会いや経験につながっていくことを知ってほしいと思っています。私自身、人とのつながりで助けられたことがたくさんありますし、今後もそうしたつながりを大切にしていきたいです」


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この記事を書いたひと

フリーライター 山口由(ゆう)

2011年、東日本大震災をきっかけに横浜から盛岡へUターン。現在はフリーライターとして、お店や人材の紹介、学校案内、会社案内、町の広報誌など幅広く活動中。取材を通して出会うさまざまな人の思いや歴史を知り、「岩手ってすごいなぁ」と実感する日々を送っている。趣味は散歩と読書、長距離ドライブなど。ホームページはコチラ。

https://tokkari-shouten.themedia.jp/

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